« 新人戦中央大会二回戦結果 | トップページ | 全国大会の思い出・S59年卒平出善男 »

2006年3月20日 (月)

全国大会の想い出・S61卒菅原圭也

今振り返ってみると、全国大会までの道程は、遠い道程だった。優勝までには、藤沢西、相工大、旭といった強豪を破らねばならなかった。私が経験した最初の全国大会は、石川県で開催された高校総体である。県内の代表決定戦では、前年選手権出場の藤沢西をPK合戦の末、勝利を手にした。遠征気分だったせいか、移動中、宿舎でとはしゃいでいた。裏をかえせば、緊張していたせいかもしれない。緊張をやわらげるため、監督にいわれ、試合直前サブグランドの土手で校歌を歌わされた。その時の風景、一面の日本海、すばらしい青空が広がっていた。試合の相手は、奈良の大淀。結果は完敗だった。宿舎で本吉がいった「俺らは全国では無名なんだ」という言葉が印象的だった。夜中に宿舎を抜け出し、田んぼの真中で蛍を見ながらビールを飲み次の目標へ再出発を誓った。 2度目の全国大会は、正月の高校選手権である。県内の代表決定戦は旭、これもまたP K合戦の末の勝利だった。新聞,雑誌と高校総体とは違った盛り上がりをみて、またも私ははしゃぎ過ぎて、試合1週間前に体研で監督より一発くらった思い出がある。今回は前回とは違い、全国大会での勝利が目標であった。一回戦岡山の作陽、右ウイング田中の一生に一度というすばらしいセンターリングを林がゴールして勝利。二回戦福岡の東海大第五、堀のすばらしいゴールで勝利。三回戦相手は優勝した清水商、ジェフの江尻、エスパルスの青島、真田とそうそうたるメンバーが揃っていた。また、前日の試合で本吉は額を6ハリ縫っての出場。摂氏零度と最悪のコンディションだった。シュート22本、まさにキーパー練習のような試合だった。これが私の高校最後の試合、しかし負けたくやしさよりやりとげた充実感で胸が一杯だった。後童の全国大会での活躍を信じ、三ツ沢のグランドをあとにした。 2回もの全国大会の出場は,堀、本吉という2人のJリーガーがいれば当然だったかもしれないが、3年間の間には、この文面で語りつくせないドラマがあった。部員一丸となり、努カした結果がもたらした奇跡といっても過言ではない。最後に、家庭を犠牲にして私たちを全国大会へと導いてくれた太田監督、高木先生がいればこそおきた奇跡であると付け加えたい。

|

« 新人戦中央大会二回戦結果 | トップページ | 全国大会の思い出・S59年卒平出善男 »

創部40周年記念誌より」カテゴリの記事